2016.08.18 | 未分類

「今を生きる」とは? 意味を調べてみてわかったこと。

tensen

気になる言葉、でも、わからない「今を生きる」

昔、「いまを生きる」という映画がヒットしました。ぼくも、「今を生きる」という言葉については、何となく「モヤモヤとした」腑に落ちない感覚を持ちながら、その言葉にずっと想いをよせてきました。とくに、まわりに、この「今を生きる」という言葉が好きな人が多かったため、何か気になって仕方がなかったのです。

しかし、スズさん自身は、腑に落ちてないわけですから「意味がわかっていなかった」わけです。そんな時期がずっと続きました。結局、この言葉の意味を本当に理解できたのは、ここ1、2年のことです。そして、ようやく「本当にいい言葉だなあ」と思えるようになったのです。

 

まずは、屁理屈を並べる前に「言葉のレシピ」を書いておきます。

「今を生きる」を意識してみると…
  • 「今を生きる」と目標という点だけでなく過程という線も人生となる
  • 「今を生きる」が「今、頑張る」ということと同意なら明るい未来をもたらす
  • 「今を生きる」とJoyという自分の内側からの「喜び」を理解できるようになる
  • 「今を生きる」と新しい発見ができるようになる
  • 「今を生きる」と健康になる 「今を生きる」と心が静まる

さて、これ、どういうことか、その意味するところを書きつらねてまいりましょう。

生きる目標や目的をゴールにではなくプロセスに置く「今を生きる」

どういう意味でいい言葉なのかと言えば、「生きることの目標や目的を、そのゴールという到達する”点”にではなく、行く道すがらのプロセスという”線”に置いている」という捉え方においてです。下に示した図を見てやってください。まあ、どちらかに二者択一を迫るのも、どうかとは思いますが、あえて言うなら、どちらが大事なのか? ということかもしれません。

tensen

本エントリーでは、この「今を生きる」という言葉を少し解体してみたいと思います。

今を生きる、という言葉を否定的に響かせる言葉やら何やら

「 今を生きる」という言葉に通じるものとしては、「刹那的」という言葉が浮かびあがります。それから、イソップ童話の「アリとキリギリス」を思い起こしたりもできます。どちらにしても、「今を生きる」ということを肯定はしておりませんね。むしろ、「今、目の前にある楽しいことばかりをしていると、将来、後悔するゾ」というひとつの教訓になっているわけです。「今、現在を頑張れば、未来が明るくなる」というわけです。

 

この「今を生きる」ということの意味が、もしも「今を頑張る」ということの反対語、対義語であるとするならば、この言葉は、次のような黄金のことわざや格言、金言、名言によってもまた、撃沈させられてしまうでしょう。

 

本田技研工業(通称:ホンダ)の創業者であり、日本の自動車産業の立役者でもある本田宗一郎さんは、こう言っています。

私はたえず喜びを求めながら生きている。そのための苦労には精一ぱいに耐える努力を惜しまない。

 

ホームラン王の王貞治さんは、次のような言葉を残しています。

努力は必ず報われる。もし報われない努力があるのならば、それはまだ努力と呼べない。

 

NBAの元選手でバスケットボールの神様と言われた、マイケル・ジョーダンさんも、こう言っています。

目標を達成するには、全力で取り組む以外に方法はない。そこに近道はない。

 

そして、MBLのイチロー選手も「今を頑張る」に通じる言葉を沢山口にしています。

少しずつ前に進んでいるという感覚は、人間としてすごく大事。

苦しみを背負いながら、毎日小さなことを積み重ねて、記録を達成した。苦しいけれど、同時にドキドキ、ワクワクしながら挑戦することが、勝負の世界の醍醐味だ。

努力せずに何かできるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうじゃない。努力した結果、何かができるようになる人のことを「天才」というのなら、僕はそうだと思う。人が僕のことを、努力もせずに打てるんだと思うなら、それは間違いです。

 

さらに、明治時代の文豪である幸田露伴さんが言うのは、次のような言葉です。

努力よりほかにわれわれの未来をよくするものはなく、また努力よりほかにわれわれの過去を美しくするものはないのである。

「今を生きる」と「今を頑張る」は矛盾しない

と、「努力をすれば、未来が報われる」式の教訓、教えは、数えきれないほど出てきますね。しかし、ぼくは、ここで立ち止まってみたいのです。

「今は頑張れ」という言葉を耳にしたとき、多くの人はこんなイメージを持つのではないでしょうか? 「楽しみは全て封印して、歯を食いしばって努力を重ねる」と。

反対に、「今を生きる」という言葉を耳にしたとき、ぼくを含めて多くの人は勘違いをします。「今、楽しまなくて、いつ楽しむのだ」と。

しかし、「今、頑張る」ということと、「今を生きる」ということは、実は、矛盾しないものなのではないか? と思うのです。そして、そもそもの話として、「今を頑張る」とは、「楽しみを未来にだけ見出す」ということを意味するわけではないと思うのです。「今を生きる」という言葉は、「享楽的に生きる」「快楽主義的に生きる」という意味するわけではないと思うのです。

「今を生きる」ということは、今を受け入れ、肯定して、今に浸る、ということです。つまり、それは、「今を夢中に生きる」ということにもなり、「今を頑張る」ということへも連なっていくと思うのです。

今を頑張る (×)今の幸せを拒否する (×)禁欲的に生きる (〇)今の努力を楽しむ
今を生きる (×)今、遊びほうける (×)享楽的に生きる (〇)今を夢中に生きる

 

ルーカスが言うJoyは、「今を生きる」ということではないか?

さて、ここで少し話は飛躍するのだけど、「今を頑張って、今を生きる」ということと、どうやら薄ら通じそうな「Joy」という英語の言葉について、有名映画監督の言葉を引用しながら、考えを巡らせてみたいと思います。

そう、そのある映画監督が、“Joy”についてのとても素敵な考察をしているのです。“Joy”とは「喜び」を意味する単語ですね。“Pleasure”の同意語とされています。

しかし ” Pleasure “” Joy “は、同じ「喜び」を意味していても、その深度は少し違うそうです。そのことを端的に説明している人物が、あのスター・ウォーズを創った男、ジョージ・ルーカス監督です。『log me』というサイトで紹介されていたインタビューを引用させていただきましょう。

 これまで生きてきて気づいたのは、幸せには2種類あるということです。それはPleasureJoyです。

Pleasureは短命で、1分や1時間、1カ月くらいしか持ちません。ピークは低くなったり、とても高くなったりします。次に同じピークに達するには、2倍努力をしなければなりません。ドラッグのようなもので、やり続けなければ消えてしまうのです。ショッピングでも何でもPleasureの質は同じなのです。

 

一方Joyは、感情の反応という意味ではPleasureほど高くはなりません。しかし継続し、呼び起こすことができるのです。

 

Pleasureではできません。Pleasureほど強力ではなくとも、長く続くのです。 Pleasureを得た人は、もっと金持ちになりたい、もっと車が欲しいと言い続け、最初に車を手にした瞬間を追体験することはできません。それだけなのです。それがピークなのです。

 

3機か4機の新しいガルフ・ストリームジェットを手に入れたら、近づけるかもしれませんが、それをやり続けなければいけません。そしてついには資金を使い果たしてしまいます。そんなことはできません。Pleasureのピークを維持し続けようとすれば破滅するのです。

 

Joyは永続します。Pleasureは純粋に自己中心的な考えです。すべて自分自身に関するPleasureで、利己的な感情です、貪欲という自己中心的な動機から作られます。

 

Joyは共感です。他の人やモノに対して、自分を捧げるのです。継続することによって、Pleasureよりもずっとパワフルになります。Pleasureにこだわっていれば破滅しますが、Joyを追いかければ永続する幸せを見つけることができるでしょう。

“Pleasure” と “Joy” の違いは、非常に興味深いですよね。日本語に直すと、”Pleasure”が「快楽」だとしたら、”Joy”は「至福」なのかな、と勝手ながら、想像します。調べると、やはりどちらも「喜び」とありますが、“Pleasure”が、「短期的、短絡的な喜び」で、“Joy”が「長期的、永続的な喜び」、なのでしょう。あと、前者の喜びが外から来るものなら、後者の喜びは内側から沸いて出てくる喜びになるのではないでしょうか?

Pleasure 短期的、短絡的な喜び 物質や他人など外部刺激から来る喜び
Joy 長期的、永続的な喜び 自分自身の奥深くから来る喜び

 

というわけで、話を「今を生きる」に戻します。この言葉、やはり深いです。そして、誤解されやすい言葉だとも思えます。それは、「今を(どう)生きる」(どう)がスッポリと抜け落ちてしまっているからです。「今を(努力して)生きる」とも「今を(遊んで)生きる」とも取れるからです。

となると、何でも都合良く解釈したくなる人間というもの(ぼく含む)は、「今という時間は今だけなのだから、今を無駄にしてはいけない。今、遊ばなきゃ、いつ遊ぶの?」と考えがちなのではないでしょうか? もうひとつの道に「今という時間は今だけなのだから、今こそ徹底的に努力を重ねておかなきゃ、いつ努力するの?」という道があったとしても、恐らく9割の人は、前者を無意識のうちに選ぶはずです。

今を「Pleasure」もしくは「Joy」で埋めるとどうなる?

しかしです。ここでも、やはりもう一度、ジョージ・ルーカスさんに教わった“Pleasure”“Joy”という言葉を思い出しつつ2つの問いを自答しながら、立ち止まって考えてみたいと思うのです。

 

Q. 今を”Pleasure”という「喜び」で埋めるにはどうしたら良いでしょうか?結果、どうなるでしょうか?
A. 買い物をすればいい。旅行に行けばいい。暴飲暴食をすればいい。博打をすればいい。破滅する。

Q. 今を”Joy”という「喜び」で埋めるにはどうしたら良いでしょうか?
A. 自分に向き合い、自分が心の底から楽しめるものを見つけて、自分なりに深く掘り下げていけばいい。永続的な幸せを手に入れられる。

ということは、つまり、「今をPleasureする道」「今をJoyする道」があるということになり、それぞれは、「今を享楽の喜びの中に生きる道」「今を努力の喜びの中に生きる道」とも言い換えてしまうことができそうで、どちらが「人生の本当の得になるか?」は、明白になりますね。

つまり、人が破滅する前に気が付き軌道修正する動物と仮定するならば、「今を生きる」を突き詰めていくと、JOYという喜びに辿り着くよりほかなくなってしまうわけですね。大げさに言えば。

となると、「今を頑張って、今を生きる」ということに行きつく、とも言えるわけです。スズさんの頭に浮かぶのは、「楽しめる頑張りを見つけて、その頑張りの中に生きる」みたいなイメージなんですけど。「沸き目をふらずに一心不乱にひとつの穴を掘る」イメージです。こんな感じ↓。

IMG_6757

アドラー心理学における「今を生きる」

「今を生きる」という概念は、『嫌われる勇気(ダイヤモンド社)』という本で一躍知られることになったアドラー心理学の考え方のひとつでもあります。「人は過去のことを考えて後悔し、未来のことを考えて不安になります。けれど実はどちらもなくて、人は今ここにしか生きられない」というのです。

いつまでも過去に執着する人にはにわかには信じがたいことかもしれませんが、過ぎ去ったあれこれの出来事について忘れることができれば、あるいは、忘れることができる時にだけ、今ここに集中できます。

今日この人と私は初めて会うのだと思えるくらいに集中したいのです。このように思うことができれば、二人がいる時間は生きたものになります。今日初めてこの人との関係が始まると思ってつきあい始めるといろいろな発見があります。

『困った時のアドラー心理学(中公新書ラクレ| 岸見一郎 )』より引用

 

「過ぎ去ったあれこれの出来事について忘れることができれば、今ここに集中できます。」

なんちゅう当たり前のことを言うのでしょうか、などと言わないで下さい。これ、普通の人は、「どういう状態」のことなのかイメージできてないと思います。

チンパンジーは、しっかりと、今を生きている

これを端的に説明してくれているのが社会学者の宮台真治さんの解説です。チンパンジーは今しか生きることができないということに触れられての解説になります。

500万年前に分かれたチンパンジーと人間の基本的違いについてです。チンパンジーは今そこにあるものを認識・記憶する能力は人間よりはるかに優れています。人間は代わりにそこに存在しないものについてまで認識する能力に優れています。
たとえば、嫉妬。チンパンジーは目の前で行為が行われると嫉妬しますが、見えない場所での行為や過去になされた行為については一切問わない。人間は逆で、見えない場所でなされた過去の裏切りを、永久にぐじぐじと問い続けるわけです。これは「もし、あのとき、お前がああ振る舞いさえしなければ、俺は……」という反実仮想です。  『ダイヤモンド社書籍オンライン(http://diamond.jp)』より引用

このチンパンジーの例は、非常に「今を生きる」ということをよく表現していますね。チンパンジーは、「今」に夢中で、「過去」も「未来」もないわけです。

いづれにしても、アドラー心理学でも「今、この瞬間を生きる」ということは、つよく勧められているわけですね。そして、登場する「今ここに集中する」というフレーズは、「今をJoyで埋める」という感覚に近そうな印象です。

アドラー心理学の「今を生きる」 ⇒ 新しい発見ができる。

マインドフルネスにおける「今を生きる」

さて、ここでもうひとつ引き合いに出したいのが、今、いろいろなところで人気を博しているマインドフルネスというエクササイズです。

マインドフルネスとは、仏教におけるサティ(正念)から、宗教的要素を除き、メソッド化した自己啓発や心理療法として用いる瞑想をベースとした、エクササイズであり、テクニックであり、状態である。

マインドフルネスは、今この瞬間の自分の体験に注意を向けて、現実をあるがままに受け入れることである。また、特別な形で、意図的に、評価や判断とは無縁に、注意を払うことである。

このエクササイズを通じて、意識を「今ここ」に引き戻すのだそうです。すると、嫌なことがあって腹が立った時でも、気持ちが静まり、冷静に解決方法を探れるようになったり、ちょっとした体調の変化にも早めに気づけるため、健康になったりするのだといいます。

マインドフルネス瞑想の「今を生きる」 ⇒ 気持ちが静まる。健康にもなる。

てなもんで、やっぱり「今を生きる」というのは、方々で色々な人によって語られており、やっぱり「良さそうな考え方」な気がするのです。

「今を生きる」が人生にもたらす6つの効能

では、本エントリーでの学びをまとめて、「今を生きる」とどんな効能があるか、箇条書きでまとめてみることにしましょう。

これはボックスのタイトルです。
  • 「今を生きる」と目標という点だけでなく過程という線も人生となる
  • 「今を生きる」が「今、頑張る」ということと同意なら明るい未来をもたらす
  • 「今を生きる」とJoyという自分の内側からの「喜び」を理解できるようになる
  • 「今を生きる」と新しい発見ができるようになる
  • 「今を生きる」と健康になる 「今を生きる」と心が静まる

以上のリストからもわかる通り、「今を生きる」ということは、ぼくらにとっては、大きな大きな力となる可能性があるわけですね。

 

さて、本エントリーのまとめとして、一文で言い切ってみましょう。

「今を生きる」ということが「今を学び」「今に夢中になり」「今に努力する」ことを指し、PLEASUREではなくJOYという喜びを沸きあがらせる類の「今を生きる」のであるならば、その「今を生きる」は、本当に価値高く、絶対的な誰にも奪えない幸せを呼ぶのだ。           スズさん

以上です。

この「JOY」という言葉、「今を生きる」という概念、知らずに間違えると、「快楽主義者、放蕩息子」に陥るけど、意識して進めば「永遠の至福家、孤高の成功者」へと導いてくれる重要な指針になってくれるのではないでしょうか?

 

最後に、「今を生きる」を彷彿とさせてくれる2つの名言で〆ることにしましょう。どちらも胸に響く、良い言葉です。

 

幸福とは結果ではなく、自分が納得のいく生き方をしている「状態」なのである。      作家 ジョン・キム

重要なのは行為そのものであって、結果ではない。行為が実を結ぶかどうかは、自分の力でどうなるものではなく、生きているうちにわかるとも限らない。だが、正しいと信ずることを行いなさい。結果がどう出るにせよ、何もしなければ何の結果もないのだ。     ガンジー

やっぱり、「点」を目指す「線」にこそ、幸せや意味が含まれているのだと思います。ぜひ、皆さんも、今一度、「今」ということや「今を生きる」ということに、着眼してみてくださいね。きっと、生きる状態が、変わっていくと思います。

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