2016.08.21 | 未分類

リオで謝罪、吉田沙保里選手の言葉への違和感から自分自身の言葉を知る

出典 / Pixabay

OvhUgYJT

9PxGuIC0

吉田沙保里さんの発言への違和感

「たくさんの方に応援していただいたのに、銀メダルに終わってしまって……申し訳ないです。日本選手の主将として金メダルを取らないといけないところだったのに……ごめんなさい。自分の気持ちが、最後は勝てるだろうって思ったんですけど、取り返しのつかないことになってしまって……」

これ、凄い発言ですね。

何か、人殺しでもしてしまったかのような発言で、スズさんは非常に違和感を覚えました。しかし、勝負の世界に生きるヒトにとっては、これくらい自分を追い込んで、人々の期待を背負ってマットの上にたっているということが、よくわかる言葉でもありました。

一流スポーツ選手は、言葉の魔術師

一流のスポーツ選手の発言には、「まあ、いいじゃない。精一杯やったんだし」みたいな発言をする人は、ほとんどいませんね。「結果」というものに対して、背伸びをし続けてて自らの能力を一点集中で磨き続けた人は、ある意味において、必ず「言葉の魔術師」だと思います。

それはつまり、「自己意識を自分自身でプログラミングできる人」という意味においてです。あるいは、コーチや親などがやっている可能性もありますが、ここには必ず「言葉」が介在していることは間違いありません。

実は当サイトが、一番参考にしているのはルー・タイスさんの『アファメーション』という本なのですが、この人は水泳絶対王者のマイケル・フェルペスのイメージトレーニングのコーチだった人です。マイケル・フェルペスは、超精密な臨場感溢れるイメージトレーニングをして、徹底的に自分の「脳」に勝利のイメージ、勝利のフォームを叩き込むのだそうです。

つまり、言葉で理想の自分を徹底的に描き切るわけです。理想を生きる、イメージを生きる、未来を生きる。という感じです。まさに、これらは、言葉の技術そのものですね。

一般の人のわれわれは、スポーツ選手のこうした「言葉のプログラミング」には多いに学ぶべき点があると思います。

別次元に、理想の世界に生きる人の発言

吉田選手の言葉に感じた違和感は、やはり「一般的な感覚ではない」からだったと思います。だって、「銀メダル」を取れたら、普通、もうどんな凄い選手、負け知らずの選手だったとしても、「やっぱり凄いね」「腐っても鯛だね」って、感覚になると思うんです。

ところが、全然違った次元のイメージの中の、理想の世界に生きている吉田選手は、まるで日本国中の人を戦争に巻き込んでしまった戦犯のようなものいいをします。そう、つまるところ、別世界に生きているからなんでしょうね。全然違う世界を思い描いているわけです。

言葉の強度、覚悟の強度

彼女の発言、それが良いか悪いかは置いておいて、結局のところスズさんにとっては、それぞれの世界にはそれぞれの世界に応じた言葉が存在するということに気が付かされる発言でした。

もっと言い方を変えるなら、それくらい「言葉の強度」を高めないと、オリンピック選手レベルでは一流というところに行きつけないのだと思います。「言葉の強度」というのは「覚悟の強度」と言い換えてもいいかもしれません。

使う言葉によって現実が変わる、オリンピック選手の現実は、やはり言葉によって創られている

「自分のイメージというものを言葉でつくる」ということは、人間なら誰しもがやっていることです。意識的にしろ無意識的にしろ、必ず人は、この作業を自分の心のうちにしています。ここでどんな言葉を使えるかどうかが、その人自身だと言っても過言ではないでしょう。「言葉」というものをラジオのチャンネルの周波数だとすると、「使っている言葉」によって、そこに引き寄せられてくる「人」も「状況」も変わってきますね。

「まあ、いいんだよ。負けたってさ。楽しくやれたんだから」という言葉を使う人には、そういう人が周りに集まり、そういう状況がまわりに集まってきます。これは想像つきますよね? 「こういう結果では満足できない。もっと良い結果を得るには、どうすべきなのか。負けたくない。」という言葉を使う人は、次の勝負に「より良い結果を残せる可能性」が高くなることは言うまでもありませんね。

これは、「どちらが幸せか?」という話ではありません。「使う言葉のタイプ」は「異なる現実のタイプ」を引き寄せる、という話です。吉田選手の言葉を読んだとき感じた違和感は、まさに「スズさんの勝負に対する感覚」と「吉田選手の勝負に対する感覚」のギャップを表したものでもあったわけです。

使う言葉の感覚のギャップについて

「使う言葉の感覚のギャップ」。これに関しては、スズさんは敏感でありたいなと思っています。どうしてかと言うと、「自分自身の言葉」を知るのに、非常に有効だからです。今回みたいに、「ああ、そうか、自分は勝負というものに対しては、テキトーでOK、と考えているんだな」ということが分かりました。

他のことに置換て考えてみる

さらに例えば、この言葉の感覚を「仕事」というものに置き換えて考えてみるとどうでしょうか? やっぱり「ある程度、頑張ったらなら、それで褒めてあげたらいいんじゃない」という言葉の癖があることがわかります。良く言えば「ポジティブ」、悪く言えば「甘い」ということになりますね。

さらに他のことを掘り起こしてみる

そこから、「むむむ、これは、ちょっと修正したほうが良さそうだな。意識的に、この勝負に対するテキトー感を他のところからも洗い出してみたほうが良いかもしれない」という考えにも思い至れます。すると、「部屋をテキトーに散らかす甘さ」だったり「予定を伸ばし伸ばしにする甘さ」だったり、とこの言葉の感覚のギャップから、自分自身の習性を洗い出せるわけです。

ニュースの中のあの人との差異から自分自身を知る

もちろん、相手は「世界一」の人ですから、そこを比べても仕方ありません。また「人生の目標や目的」「生活における幸せのあり方」も全然違うわけですから、そこを吉田選手の基準に合わせたって仕方ありません。でも、「彼女の言葉の感覚」と「自分の言葉の感覚」には、大きな隔たり、ギャップがあることは間違いがないんです。てことは、そのギャップは、一呼吸おいて研究しがいがあることだと思うんですよね。

この技術は、案外、多くの人が無意識にやっていても、比較分析まではしないので、是非やられてみるといいです。自分の記憶の中に溜まっている言葉の在り方に気が付くことができますからね。自分自身を知れるって、楽しいことです。

 ミッツマングローブさんの発言へのバッシング

話が、言葉レシピのほうにズレてしましましたが、吉田沙保里選手の発言、多くの人が違ったことを思ったんだと思います。吉田選手の発言にコメントしたミッツマングローブさんは、バッシングを受けたようですが、ミッツさんもまた「吉田さんの言葉の感覚」とご自身の言葉の感覚の違いに大きな差異を感じての発言だったのだろうと思います。

一滴も(涙が)出なかった。かえってシラけちゃって

 

彼女(彼女と呼んでいいのかはわかりませんが)が発言した言葉は、かなり正直な気分だったんだと思いますよ。「ミッツマングローブ言葉周波数」は、「スポーツマン世界の言葉周波数」と、全く異なって当然です。

 

だって、どう見たって「勝負の世界の人」じゃないじゃないですか? どちらかと言わずとも、人間関係の強弱の中にドラマを見るタイプの人じゃないですか? だから、ああいう発言になってしまうんだろうなあ、と思うんですね。

 

ああいう正直な発言が、矯正されてしまうというのは、ちょっと恐さも感じます。なんでかと言えば、「みんなが感動しているときなんだから、あなたも感動のコメントをしなさい。もし感動していないんだったら、せめて黙っていなさい」っていうのは、同調圧力以外の何ものでもないですし、人の多様なあり方、言葉の多様なあり方を許さないという考え方だと思うからです。

 

でも、ここにだって、「言葉の感覚のギャップ」というものは感じることはできますよね。というわけで、結果的に本エントリーで伝えられたことは、「言葉の感覚のギャップ」で「自分自身の言葉を知れるよ」、ということになるかと思います。

あなたもニュースを読むときには、この「言葉の感覚のギャップ」意識してみてね。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

人気の記事

tensen

「今を生きる」とは? 意味を調べてみてわかったこと。

未分類


気になる言葉、でも、わからない「今を生きる」 昔、「いまを生きる」という映画がヒットしました。ぼくも、「今を生きる」という言葉については、何となく「モヤモヤとした」腑に落ちない感覚を持ちながら、その言葉にず

出典 / Pixabay

「思考を選べる」って知ってた?「思考を選ぶコツ」

未分類


思考を選ぶ 物事が起こったときに、2つの思考からひとつを選ぶ、という方法が本に書いてありました。この本「あなたのままで奇跡を起こす!: 思考選びの実験」です。「思考を選ぶ」というのは、どうやら「

最新の記事情報が取得できます

Facebook

「いいね!」ボタンを押すと、最新情報がすぐに確認できるようになります。

Twitter

「フォローする」ボタンを押すと、最新情報がすぐにツイート上で確認できるようになります。